あれからよく、夢をみた。
夢なのだから欲深くなってもいいと思うのに、自分を抱く腕はあの傷だらけの男のものだ。
シンがあのエクステンデッドの少女を引き渡したのは、あのネオという男だったのではないかと思う。
少女が名をしきりに呼ぶのを聞いていたし、なんとなく…そんな気がしていた。
約束してくれた…そうシンは言ったけれど。
しかし、あの黒い巨大MSに乗ってベルリンを壊滅に追いやったのはあの少女だという。
その仇討ちなのか…シンはキラを撃った。
仇、とか、敵とか。
そんなものの前に、みんな同じ人間で、そのすべてに家族や大切なひとがいるのだと。
そう伝えたかったはずなのに、自分は無力だ。
目を開けると、見慣れた顔に出逢う。
生きてた。
どうにか話をしたいのに、身体が言うことをきかない。
時間はある…そういわれて、おとなしく目を閉じた。
隣の寝台にはひとの気配があった。
たまにTVの音が聞こえるし、食事も運ばれている。
けれど、顔を合わせることはなかった。
きちんと彼を認識したのは、エターナルの危機を知らせるアラートが鳴ったときだ。
キラにラクスを助けにいくよう伝えたかったのを、彼は代わりに艦橋に通信してくれた。
「ありがとうございます…、フラガ少佐…」
何の気なしに、礼を言う。
アークエンジェルにいて、不自然ではない人の名を呼んだはずだった。
でもそれが、いちばん不自然な名だと気付いたときには、男はこちらを睨んでいた。
「おまえな。まだ間違ってんのかよ」
「! ……、ネオ…さん?」
長い髪。顔に走る大きな傷。そう…ネオと名乗った、あの地球軍の男だ。
なぜ、アークエンジェルに?
その理由は、男の両手を拘束する手錠が示していた。
「ここに来て、ずっとそう呼ばれてるんだよな。ムウ・ラ・フラガ少佐」
男は苛々と吐き捨てた。
「そいつが…、おまえのコイビトってわけだ」
まだ起き上がれないから、視線だけを向ける。
「思い出したよ、アスラン・ザラ。ヤキン・ドゥーエを戦い抜いたザフトの英雄、だったか。どっかで聞いたことがある」
それは彼自身の記憶ではなかった。
そんな感情のない文章の羅列を、その口から語ってほしくなかった。
「この艦のクルーだったことがあるってわけだ。ふうん…」
「あの…ど…して、…その…」
かすれて声がうまく出せない。問うと察して、男は眉をひそめた。
「あのキラってやつに落とされたんだよ。…ベルリンでな」
そうか…MS、おそらくウィンダムのパイロットだったのだろう。
キラや艦長が男を保護した理由はわかる。けれど、こんなとこ再会するなんて。
「言ったろ。海が好きだった子。あのデストロイに乗ってたんだ…」
「!」
ディオキアで言っていたのは、あの少女のことだったのか。
けれど、なぜそれを今自分に語るのだろう。
「おまえ…あの、ミネルバって艦に乗ってたんだろ」
ぎし、と寝台の軋む音。続いて近づく足音。視線を向けると男は近くまで寄ってきていた。
言葉には憎しみに似た感情が感じ取れた。
「あのこたちを…、…あのこたちは、死んでしまった…」
「あなたなら…、助けられたんじゃないんですか?」
酷なことを言っている自覚はある。
自分はよく知っているのだ。軍という組織。ただ、駒として使われる者の人生が。
「少なくともあいつは…信じていたのに。あなたが彼女を戦争と縁のない場所へ連れて行ってくれると」
「そんなこと……! ……そんなのは…ムリに決まっている。あのこたちは、戦場でしか生きられない」
戦場でしか。それは、自分も同じだった。
駒として扱われ、邪魔になれば切り捨てられる。
それがどんなに重いことか、自分にはよくわかっていた。
そして自分と違って、男が愛した子供たちは、それから逃げることも叶わず…戦場に散っていった。
「大切なものを失う辛さは知っています。…だから、ぶつけてくれたっていい。それで気が済むのなら」
首元まで近づいていた手を見る。仇討ちだろうがなんだろうが、奪うことはいつだって理不尽だ。
それでも自分の手の届かないところで、ひとは死んでいく。それを望まなくても。
「それが…、ムウ・ラ・フラガ?」
問いに、あいまいに笑って返す。ならば、目の前の存在はなんなのだろうか。
首を狙っていた手は枕元に押し付けられた。顔が近づく。
「…そんなに、似てるか?」
「……………ええ」
本当に男は彼ではないのだろうか。3度目の邂逅でも…いや、3度目だからこそ、信じられなくなっていた。
それにここはアークエンジェル。思い出の場所だ。
唇が触れ合う。
金の髪が頬をくすぐった。
「…迷う?」
「…はい…」
視線が合う。綺麗な蒼。海の。
そこに自分が映り込めば、まるでおぼれているみたいだ。彼に。
「…オレ、…もしかして…」
低い声。目を閉じてしまえば、あの頃に戻れる。
「…いや。なんでもない」
「ま…っ」
自分の寝台へ戻ろうとする男のシャツの裾を思わず掴む。
点滴のチューブが頼りなく揺れた。
「おねがい…します」
振り返った男に懇願する。
「もういちど……だけ…」
「他の人間に見られるのはまっぴらだ」
すっぱりと断られて俯く。たしかに自分は、男に彼を見ている。でも。
大切なものを失って悲しむネオという男を。
そんなことできるはずもないけれど、慰めてあげたいと…そう思ってしまったのだ。
「この間は、利用してしまったから。今度は…利用してくれてもいいです」
「!」
その後悔と苦しみと怒りのはけ口になってもかまわないと思ってしまったのは。
ただ、彼と似ているからではなくて。
大切なものを失って苦しむところを見て。
ネオという人間に、魅力のようなものを感じたからなのかもしれない。
出逢って間もないというのに不思議だ。そもそも彼とも長い間一緒にいたわけではないけれど。
「そういうこというと…手加減しないぜ?」
「…されても困ります」
傷の痛みは触れられると癒えていくような気がした。
言葉のわりには優しくて、終始身体を気遣ってくれた。
オレも、彼の名を呼ぶことはなかった。今度は、代わりじゃなく。
「あ…、ぁ…ネ、オ…っ」
「…アスラン…」
ふたりがやはり同一人物だと知るのはもう少し先のことだ。
同じひとに同じように恋をした。
それはとても幸せなことなのかも知れない。
end.
ずいぶん昔から考えてた話。絵の6つ目のあたり。すごく昔だ…。結局何が書きたかったんだかわかんな…ぐふ