caro  dearka × athrun





「…アルバム?」
ひどく久しぶりに聞いた気がする言葉を、ディアッカは鸚鵡返しにした。
今日、アスランは部屋の片付けをしていたらしい。それで自分の荷物から出てきた数枚の写真を見つけ、昔を懐かしく思ったというところか。

「うーん。軍に入る前までなら家にあったと思うけど、どうなったかはわかんないな。あ、これ懐かしいなー」

ディアッカが手に取ったのはアカデミー卒業のときの写真だ。アスランとディアッカとイザーク、それからニコルとラスティ、なぜかミゲルと…
懐かしさと一緒に込み上げる熱い感情。それを隠すために次の写真をつまみ上げる。

「あ、これ、ちっちゃいころのか」
「うん。月にいたころの…」
写真に写る5、6歳のアスラン。そのとなりには見覚えのある同じ年頃の少年…
ほかの写真にも同様に、アスランと仲よさ気に写っているこいつは。

「キラ…、ほんと昔から一緒なんだな」
たしか、4歳くらいからほとんど一緒に暮らしているようなものだったはずだ。
忙しいアスランの母親と仲のよかったキラの母親が面倒をみていたとか。
そりゃあ、つらかっただろうな、と前の戦争のことを思い出す。こんな小さいときから、と思うとちょっと妬けるけど。

「ほかにはないの? 写真」
こうなったらお約束の赤ん坊のときの恥ずかしい写真なんかも見てみたい。
「オレも、プラントの家にはあったと思うけど…」
「うーん。じゃ、今度の29日はプラント旅行だな」
「……は?」
アスランはいきなりの申し出に怪訝な顔で応えた。今月の29日。アスランの誕生日だ。






アプリリウスワンのドッキングベイに到着し、シャトルから降り立つ。
宇宙の、この感覚は久しぶりだ。
エレベータに乗ると、アプリリウス市の情景が目の前に広がる。限られた空間の中、造り出された自然は儚げで美しい。
首都に下りたのは、昔の同僚の墓所を見舞うためだ。
こうしてプラントに来れる機会は少ない。今回こうして上がってこれたのは、ディアッカが休暇申請で宇宙に戻る手続きをして、それに便乗した形なのだ。


「静かだな…」
「時期的に、来る人が少ないんだろ。現に、オレたちしかいないし」
墓地は場所柄、天候や雰囲気が落ち着いた調子に調整されている。ここに来ると物悲しい気分になるのはそれだけの理由ではないと、アスランもディアッカも口に出さずともわかっている。
「さ・て。結婚報告も済ませたし、行くか」
「結婚ってなんだよ…。同僚のそんな報告聞かされても困るだろうな、みんな」
ため息をつくとディアッカは楽しげに笑う。
墓地を後にして、乗ってきた車に乗り込む。自然とハンドルを握ったディアッカを、助手席から見るのはなんだか不思議な気持ちだ。もしかしたらMSを操るときもこんな表情なのだろうか。ふたりで顔を合わせるときにはあまり見せない、まじめな面差し。
「アスランちって、ディセンベルだっけ?」
「へ?」
横目で見つめていたら、急に話しかけられてあせる。声が裏返って、ディアッカはちらりとこちらを一瞥して、苦笑した。
「見とれてた?」
「そのネタは、もう飽きた」
ことあるごとに言われる台詞。…自分はそんなにいつもディアッカのことを見ているだろうか?
「で、ディセンベルに向かう? これから」
「あー…」
アスランは困惑の表情を返す。今回の帰省の目的はいちおう、それだったはずだ。
「…ディアッカは、どこ出身だっけ?」
「オレ? オレはフェブラリウス市だけど?」
質問で返されて、首をかしげながらディアッカはとりあえず答えた。
「ディアッカが子供のころ過ごした場所に行ってみたい」
「え? 『息子さんを僕にください』 って言ってくれるの?」
「………」
ディアッカの軽口にアスランは眉根を寄せた。
「…冗談だよ…」
「…それはよかった」
明らかによかったという顔ではないアスランだった。


ディアッカの家に行くのは初めてだった。清潔そうな白亜の壁、光とりの窓が大きく取られた屋敷。大きさはディセンベルの家くらいか…古い記憶にはあまり残ってなくて少しさびしい。
「まあ、坊っちゃん! いらっしゃるなら連絡をいただければ迎えをやりましたのに!」
ふたりを迎えたのは初老の女中だった。
「坊っちゃん、は、もうやめてって。何歳になったと思ってんのさ。急に来たのはごめん。親父は?」
突然の来訪に驚きながらもあたたかな歓迎に、ディアッカはくすぐったそうに笑った。
「いえいえ、ここは坊っちゃんの家なのですからいつでも帰ってきていいんですのよ。旦那様は残念ながらお仕事でアプリリウスにいらっしゃってます。本日はお帰りにはなられないかと」
ディアッカの父親は戦後、評議会議員からは退いていた。今は元々の専門だった医学・生化学の研究者として忙しく働いている。母親のことは…そういえば聞いたことがなかった。
「あ…そう。残念だったな、アスラン」
「なにが」
冗談だったんじゃないのか、と睨むとディアッカは肩をすくめた。
「アスラン…様? ああ…ザラ様の…」
老女中は気づいたように顔を上げた。少しだけ心臓がはねる。ザラの名はアスランに暗く影を落としていく。
「坊っちゃん? お客様をお招きになるなら、それこそご連絡をくださらなくては」
「…ごめん、って」
ディアッカに文句を言ってから、老女中はアスランに向き直る。
「ようこそいらっしゃいました。主人は留守にしておりますが、ご容赦ください。歓迎いたします。どうぞ、おくつろぎになっていってくださいませ。お部屋を用意いたします。よろしければお泊りになって行ってください」


「…大歓迎だったな、なんだか」
まさか、泊まっていってくれと言われるとは思わなかった。きっと…あのこと、を知っているからなのだろうけど。
「ま・いいじゃん。泊まってきなよ。別に部屋はここで一緒でいいしな?」
ディアッカの部屋は、住んでいたときと変わっていないらしい。もちろん掃除は行き届いている。ディアッカは部屋の扉を開けてすぐ、懐かしいなーなんて感慨深そうに呟いていた。
「あ、アルバムだっけ。あるとしたら下だな。探してくる。好きに見てていいよ」
ディアッカが出て行ってから、アスランは部屋を見回した。好きに見ててと言われても。そのままになっているにしては生活感のない部屋のどこを見ようか。
ふと思い立って寝台の下を覗く。ディアッカの性格から「そういう本」がありそうな気がしたからなのだが、何もなかった。
持っていなかったっていうことはないと思う。一緒に暮らし始めてからも何度か見つけてしまったことがある。
処分したのか、それともうまく隠してあるのか。持っていたこともなく隠す必要がなかった自分には見当もつかない。
「失礼します」
ノックが3回、先ほどの女中が部屋に入ってきた。
手にはトレイの上にティーポットと2組のカップ、それから茶請けのお菓子が載せられていた。
自分にやましいことはないのだが、寝台の下を覗いていた身としてはなんだかドキドキしてしまう。
「まあ、坊っちゃんたら、お客様を放って置くなんて仕方のない方ですわね。昔から変わってません」
テーブルの上にトレイが置かれて、カップの片方にポットの中身が注がれる。銘柄には詳しくないからわからないが、紅茶のいい香りが鼻腔をくすぐった。
「あ・ありがとうございます」
「軍でお仕事もされて、しっかりなさってきましたけど。幼少のころから見ている私からすれば、ずっと坊っちゃんのままですわ」
口調は淡白だが、語る端からディアッカへの愛情が感じ取れた。
「お母様を早くに亡くされていますから…こう言うのもなんですが、自分の子供のように思っているんですよ」
「はあ…そうだったんですか」
母親のことは初めて聞いた。ディアッカに対しても進んで話すわけではないが、アスランの母親がユニウスセブンの被害者の一人だということくらいは知っているはずだ。
「ああ…でも、変わったところもございます」
子供のように、という言葉にうそはなさそうだ。ディアッカのことを話す老女は幸せそうに笑う。
「おだやかな笑顔を見せてくださるようになりました。戦後からでしょうか。…アスラン様のおかげかもしれませんね?」
「…え?」
一緒に暮らしていることを、もしかしたら知っているのだろうか? 確かめるすべはなかった。口には出しづらいし、それに…ここで答えてくれるとは思えない。
「昔、やんちゃをなさっていたころは大変でしたのよ。…ありがとうございます」
やんちゃってなんだろう…同居を知っているか訊ねるよりも訊きづらい。
お礼を言われるようなことはしていないし、そもそも自分がディアッカの心をおだやかにしているかどうかなんてわからないから、あいまいに笑んで返す。
「なーに話してるのかなー?」
声のしたほうを見ると、いつの間に戻ってきたのかディアッカが冊子を抱えて立っていた。
「お茶をお持ちしただけですよ。では、ごゆっくり、アスラン様」
老女中は軽く睨むディアッカをさらりとかわして、アスランに一礼すると部屋を出て行った。
「なんの話してたの?」
「別に、なにも?」
「あーそーですかー」
ディアッカは問いただすのをあきらめて冊子をテーブルの上に置いた。どうせ悪口だろ、と不貞腐れている。乱暴に置くものだから、カップの紅茶が少しこぼれてしまう。
「あ、それがアルバム?」
「そ。まあ、おもしろいもんはないけどね。仲のいい家族ってわけじゃなかったから、量も少ないし」
アスランはさっそくアルバムをめくり始めた。きっとあの女中がきれいにまとめたものなのだろう。
「あは、かわいい」
生まれたばかりの赤ん坊が美しい女性にいだかれている。
「…これが」
「ん。母さん」
女性は時々父親も混じって一緒に写真に写っていた。
それがある一点をすぎるとアルバムから姿を消した。そこから、撮られた写真の枚数自体少なくなっていく。
「これだけ?」
「言ったでしょ? 少ないって」
最後の写真はおそらくディアッカがアカデミーに入る直前のもので。このときには軍人になるなんて考えてなかったのかも。
そのあとのページは白紙になっていた。
「アスランちのアルバムはもっと豪華なんだ?」
「豪華って…。何冊かあったと思うけど…、…ほんとは。もうないんだ。確認しようがない」
「へ?」
プラントに帰ってきた理由がアルバムだったから言い出しづらかったのだけど。このままだと明日はアスランの家、と言い出しそうだったから、このあたりで白状しておく。
「家、ないんだ。住む人もいないから。今は人の手に渡ってるんじゃないかな。あったものは全部処分されていると思う」
「…マジで?」
「うん。さっき泊まっていけって言われたのは、それを知ってるからだと思うよ」
ディアッカはしまった、という顔をした。やはり最初に否定しておくべきだっただろうか。けれど、プラントに帰って来たかったのは本当の気持ちで。なにか理由でもなければ、地球・プラント間なんてそうそう往復もできない。
「…ごめん」
「別に、いいんだけどさ。…荷物の整理くらい行けばよかったかな。全部人任せにしちゃったから。家族の写真とか…ないんだな」
テーブルの上のアルバムに指先を滑らせる。苦笑しながら見上げると、ディアッカの困った顔があった。それから手が伸ばされて、顔に触れる。
「オレ、が…」
「失礼します」
再び、ノックの音が3回。またあの女中が顔を見せた。気づくとディアッカの腕は下ろされている。
「お食事の準備ができました。食堂においでになってください」
用件だけ伝えられると、ドアはすぐに閉められた。
「…見張ってるんじゃないだろーな…くそぉ…。ま・下にいくか」


夕食をとり終えて、部屋に戻ってくる。アスラン用に客間も用意されたが、ディアッカに引っ張ってこられた。
「せっかく用意してくれたのに」
「せっかくキレイにしてあるんだから、わざわざ両方乱す必要ないんじゃない?」
文句を言えば、軽口で返される。
「言い方がやらしい…」
ため息をつけば、先ほどと同様に手が伸ばされ、頬に触れる。
「言い方、だけじゃないから」
笑いながら言って、ディアッカはアスランを寝台に押し倒す。アスランも苦笑しながら、降ってくる口吻けに応えた。
「そういえば…さっき、なにか言いかけてた? 夕食の前」
「……ああいうことは、その場の雰囲気でじゃないと言えないの」
「あ・そ…」
やはりここはディアッカの部屋だな、と会話とは別のところで感じていた。匂い、というか、雰囲気というか。
襟が緩められて、手が忍び込んでくる。アスランはくすぐったい、と身をよじった。
「また、来るかもしれないぞ? 見張ってるんだろ?」
「そんな野暮なことするひとじゃないですからー。それに、鍵かけたし」
首に腕を回すと、また口吻けられた。
「ん…」
「…いい?」
「……訊かなくていいから」
確認を取ってくるディアッカを上目に見上げる。こういうところが意地が悪い、いつも。
「…ん……っ」
手が布越しに下半身に触れる。すでに熱を持ち始めているそこを撫で上げられると、身体の端まで性感が駆け抜ける。
ディアッカは器用に片手で自分のシャツのボタンをはずしていく。もう片方の手はアスラン自身をやわやわと刺激する。
「あ…、もっと…ちゃんと…」
「ん? なんだか素直だな、今日は…ひとつ年とったからかな」
「そんなの…」
関係ない、という言葉は飲み込まれてしまう。重なる唇は深さを増していく。
「ん、ぅ…」
手に直接触れられて、アスランは目を固く閉じて自分を受け止めるシーツをつかんだ。口吻けは続けられて、端から甘い声が漏れる。
「ふ…っ、あ…ぁ」
「アスラン…こっち、見て」
言われて目を開けるといとしい紫の瞳と視線がかち合う。
「ディ、……も…、っ、」
「見てるよ、全部」
ディアッカの手が背後に回る。アスランはその意図を悟って少し腰を浮かせた。
指が、アスランの中を侵していく。異物感に息をつめると、また口吻けられた。
「っ、は…」
「かわいーなあ、アスランは」
「うる、さい……っあ!」
気をそらした隙に、指が付け根近くまで一気に挿し入れられる。内壁を擦られて、アスランは喘いだ。
「ぁ…あ、ゃ…」
腕をふたたびディアッカの首にきつく巻きつけたころには、二本目の指が侵入し始めていた。
「っく…、ん」
「アスランの中、すごく、熱い」
何も応えることができなくて、ただ首を振る。前髪が汗で額に張り付いて気持ち悪い。そう思っていたら優しくぬぐってくれた。
なんでもわかってくれているみたいな気がして、すごくしあわせを感じた。
「も…挿れて…いい?」
「だから、訊…………っあああ!」
質問しておきながら、ディアッカは答えを待たずに一気にアスランの中に熱を埋め込んだ。
「あっ、あっ、…」
揺すぶられて、アスランは意味のない声を唇から漏らす。
腕に力をこめると、やはり欲しいものを理解してくれて。唇が触れ合う。
「アスラン…、」
「ディ…ぁ、あっ!」
もう一度、目を開けてディアッカを見れば。紫の瞳は熱をにじませて、視線を返してくれた。






「やっぱり、ページが余ってるのってさびしいな」
エルスマン家のアルバムを寝台の上まで持ってきて、うつぶせでまためくり始めたアスランは静かにそう言った。
母親の写真がなくなったときからきっと、ディアッカはさびしかったにちがいない。
家族、思い出。
なんて、遠い響きなのだろう。写真の中のディアッカもアスランも、そんな遠い思い出の住人だ。
「なあ、ディアッカ。今度はオレが、家族になるから」
隣で身体を起こしているディアッカを見上げると、驚いた表情で見返された。
「アルバムが埋まって、何冊も何冊も…、思い出が作っていけたらいいな」
そうすれば、思い出は遠いものじゃなくなる。ずっと、そばにいて、そして。
「…まいったな…、オレが言おうと思ってたのに。先に言うなよ、ずるいな」
頭を掻きながら、ディアッカは苦笑を漏らした。
「どっちが言っても同じだよ。ずっと、一緒なんだから」
そしたら、なんてしあわせだろう。
「一番の誕生日プレゼント、ありがとな」


それは、これからの、しあわせな、未来の風景。




end.





アスラン誕生日おめでとう。
この前に書いたディアアス文がディアッカ誕生日話だと気づき唖然としてます
ほんとはディの引越し話とか書きたかったのに…! アイザックくん(ジュール隊員)を出したりして。
なんだか収拾つかなくなりそーで恐ろしかったのですがどうにかまとまりましたー
タイトルはイタリア語、かな…(…)
おうちの設定とかもう捏造捏造です

20061029